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zoom RSS 初恋のあの子は水道筋に!

<<   作成日時 : 2010/09/07 11:13   >>

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それは、高校2年生の時の、ある日のことだった。
穏やかな陽射しの午後、心地よい風が通る教室の窓辺。
まどろみかけていた僕の耳に、傍にいた友達ふたりの会話が、聞くとも
なく入ってきた。
数日前に中学時代の友達仲間が集まって遊んだことが、話題のようだ。
「○○とか○△とか女の子も来とったで。」
「そうか、そうか。
 ほんで、あの子は来とったか?」
「あの子って?」
「えーと、そやから・・・」
のどかな教室の窓辺は昼寝の特等席で、僕にとっては、自分の部屋の
ベッド同様に、気持ちよく眠れる場所だった。
しかし、その日は、陽射しにとろけかけていたはずの僕の脳は、なぜか
彼らの会話を受けて活性化し、思考回路が稼働し始めたのである。
しかも、この時の思考回路は、なぜだかめずらしく切れの良い(?)連
想を展開して、遠い記憶まで引き出してきたのだった。
その連想とは、
僕の傍で会話しているふたりの出身中学が、灘区のA中学であること。
A中学といえば、隣の東灘区へ引っ越していなければ、僕もそこに通う
はずだったこと。
ふたりの出身小学校はB小学校であったこと。
僕はB小学校ではなかったけれど、その南側にあるC幼稚園に通って
いたこと。
C幼稚園では、同じ組のある女の子が好きだったこと。
その女の子は、たぶんB小学校に進み、それから、たぶんA中学に進ん
だこと。
さらさらの髪のショートカットで、目もと涼しい女の子だったこと。
そして、僕は、なぜかその子の名前を今も覚えていること。
それにしても、幼稚園の卒園から10年以上が経っているということ。
しかし、なぜこんなことを思い出したのだろう。

幼稚園に通っていた5歳の時、初めて特定の女の子を好きになった。
もちろん10代の頃の恋や、もっと大人になってからの恋とは違っていた
けれど、相手の女の子を異性として、とても好きになったので、この時
が初恋だったと、僕自身は認定しているのである。
僕は、彼女のことが大好きで、いつも一緒にいたかったけれど、この恋
には、何かにつけて彼女と僕の間に割り込んで邪魔をする鬱陶しい奴が
一人いて、幼心の悩みの種だった。
幼い頃のことなので、きちんと覚えていなくてもしかたがないけれど、
僕は、彼女のことに関してそれ以外のことをあまり記憶していない。
彼女と一緒に何をして遊んだのかよく覚えていないし、肝心の彼女が、
僕のことを気に入ってくれていたのかどうかさえ覚えていない。
卒園の時、彼女とさよならをすることがつらかったという覚えもない。
何かあいさつを交わしたような気はするけれど、それも現実のことだっ
たか、後になってからの幻想なのか判然としないのだ。
卒園を機に、彼女との繋がりは途絶えた。
鮮明に記憶しているのは、その頃の彼女への思いと彼女の名前だけだ。
さらさらの髪のショートカットで目もと涼しい女の子を、僕は確かに
好きだったのだけれど、10年が過ぎ、彼女の記憶は、霞に煙る風景の
ように淡く、輪郭を失いかけていた。
彼女の顔立ちも姿も、すでに曖昧な幻影となっていて、二度と会うこと
もなく誰も知らない遠い町の人になっている、そんな感覚だったのだ。

僕は、二人の会話に割って入った。
ふと思い立って、しかし、恐る恐る聞いた。
「A中学にMっていう女の子、おった?」
ふたりは、一瞬きょとんとした表情を見せたけれど、
「M? おったで」
と、思いがけず、あっさりと答えが返ってきた。
「なんでMのこと知っとんの?」
僕は、ふたりに、その子と同じ幼稚園に通っていたことを話した。
すると、
「そういえば、こないだ水道筋でMがアルバイトしてんの見たで。」
「えっ!?」
はるか遠くなった記憶の中の相手の消息が、あまりにも簡単にわかり、
しかも、すぐ近所での目撃情報まで・・・。
僕は、少なからずショックを受けた。
しかし、よく考えてみれば、不思議な話でもなんでもなかった。
彼女は、幼稚園の頃から変わらず同じ町に住んでいただけなのだ。
生まれ育った町を離れ、そこでの暮らしを、想い出として遠い記憶に
封じ込めていたのは、僕の方だった。
その日の放課後、僕は、二人の友人A、Iを案内人に水道筋へ向かった。
彼女が店にいるかどうかはわからなかったけれど行ってみよう、と言い
出したのは、僕ではなくふたりの案内人だった。
僕は、うれしさ半分ためらい半分の心境で、彼らについていった。
彼女のバイト先のパン屋の場所は、水道筋商店街のアーケードの東の端
辺りだったと思うが、ひょっとしたら水道筋3丁目だったかもしれない。
僕たちは、そのパン屋から少し離れた場所に立って店の方を見た。
何だか見てはいけないものを見るような気持ちでもあり、ドキドキした。
ショーケースの内側に、店番の少女が立っていた。
「ラッキー! ちょうど居るやん。あの子がMやで。」
と、Aが言った。
色白、少し細い目、記憶の中の面影を残し、17歳になった彼女がいた。
この時は見られなかったが、きっと彼女の笑顔は、可愛いにちがいない。
「あぁ、良かった、まちがいなくあの子や。」
僕は、何が良かったのかわからないままそんなことをつぶやき、10年
余の歳月を隔てての再会(とは言えそうにないけれど)の感慨にひたっ
ていた。
そして、一方では、彼女があっけなく見つかったことに、まだ戸惑って
いたことも確かだった。
僕には、彼女に声をかける勇気もなく、客として店に立ち寄り、パンを
買いながら話しかけるという考えも思い浮かばなかった。
もう会うこともないだろう、と思っていた初恋の相手の姿を、見ること
ができたのだ。
それだけで胸いっぱいだった。
「よかったやん。ちょうどMが店に居って、見られたし。」
と、AとIもそう言った。
僕は、この後、肉屋でコロッケを買って、食べながら帰ったのだった。
「今日はええことあったし、揚げたてのコロッケはおいしいなあ。」
今思えば、まるっきりアホであった。

コロッケ買わずに、パン買ってあの子に話しかけるのがスジやろーっと、
あれから35年が過ぎた今頃になって、僕は、自分で自分にツッコんで
いる。
けれども、この35年の間に、僕は、いったいどれほど成長しただろう。
高校2年生の時の僕に、ツッコミを入れてハッパかけるほど、エラい
大人になってはいないなあ、とホントのところ思っているのである。

後日もう一度だけ、僕は、学校帰りにひとりで彼女を見に行った。
しかし、その日は、別の女性が店番をしていた。
がっかりした僕は、その日も肉屋でコロッケを買って、食べながら
帰った。

コロッケ好きの少年は、
初恋の女の子を、10年ぶりに水道筋のパン屋で見つけたけれど、
ボンクラなので、再びの恋には発展させられなかった。
盛り上がりも感動のシーンもなく、ちっとも面白くない話だけれど、
結局、本人にとって、初恋は、大切にしておきたい想い出だったので、
彼女への恋が、再び盛り上がる必要はなかったのだ。
一方的な再会(というか覗き見)に、ひとり感激し、コロッケをほお
ばって満足して、やっぱりそれで良かった。
・・・ということにしておこう。


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