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zoom RSS Jeep J54

<<   作成日時 : 2009/12/05 22:57   >>

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昔の写真を眺めていたら、かつて所有していた三菱ジープJ54の写真が出てきた。
86年頃、撮影場所は三重県の伊勢にあった日本モーターランドというオフロードコース。
傾斜角30度のヒルクライムやマッドボギンなど四輪トライアルのコースがある広い山林で、二輪だとトライアルの他にエンデューロも可能だったのではなかっただろうか( → そこまで広くはなかったみたい。12/7 追記)
市場に登場したばかりの4ストターボのジムニー550(JA71)と2台で行った時の写真だった。

今日は、僕が乗っていたジープJ54との思い出話を。

この当時、すでに四輪駆動車(4x4)が走れるダートの林道やクロスカントリー的な遊びのできる場所が減っていたので、入場料を払って、遠慮なく遊べるオフロードコースがいくつかできていた。
僕が行ったことがあるのは、伊勢の他に、高野山の近くにあった小さな4x4用のトライアルコースや兵庫県の大屋スキー場(一時期、オフシーズンはオフローダーに有料で開放していた)だ。
すでに20代後半だったけれど、4x4、キャンプ、低山歩き、スキーが楽しかった頃だ。
体力があったんだなあ、と懐かしく思い出す。

J54はディーゼル車で、排気量2700cc、最大馬力80ps/3700rpm、最大トルク18kg-m/220rpmのエンジンを積んでいた。
最高速度は100km/hを超えるけれど、エンジン音と幌のばたつき音とタイヤノイズがうるさいので、高速走行は疲れた。
ただし、太いトルクと2700ccのディーゼル車にしては軽い車重もあって、高速道路の急勾配でもへばることはないし扱い易かった。
もちろん、オフロードでの超低速走行は得意中の得意で、やたらにアクセルを踏み込まなくてもあっさり段差越えするので、精神的に余裕がある運転ができた。

僕は、たしか83年に半年落ちの中古車だったこのJ54を購入した。
しかし、半年も経たないうちに駆動輪のホイールのベアリングのグリスが抜けていて、全交換。
次いでステアリングのブレが大きくなり、アイドラーアームを交換。
先行き不安だったけれど、それ以外は、修理で金がかかることは、ほとんどなかった。
前のバンパーをぶつけて曲げてしまって交換したときも、単なる鋼材なので部品代は3000円だった。
これまでに所有した車に要した修理費は、現在のゴルフGTIがダントツで1位である。

下の写真の頃は、足回りに定番の改造が施してあった。
サスペンションは、ノーマルよりリーフスプリングのスパンが長い「カントリーサスペンション」に変え、車体を2インチリフトアップしていた。
これに伴い、ショックアブソーバもストロークの長い「ビッグカントリー」に変えてあった。
2インチ程度のリフトアップは、走行の安定感に影響はなく、一般道での乗り心地はノーマルサスペンションの時よりも良くなっていた。
オフロードでは、フレームが前後でねじれるような地形での足付きが向上したけれど、性能よりもどちらかといえば外観をカッコよくするための改造だった。
タイヤは、当時の新製品で、YOKOHAMAのマッドディガーという、オフ向けでコンパウンドの軟らかいマッド&スノータイヤを着けていた。
ゴツゴツしたブロックパターンが気に入っていた。
泥土でもトラクションがあり、雪道でもそこそこ走れた。
前に履いていたタイヤは、雪道でブレーキをやさしく踏んでも簡単に滑ってしまうことが多かった。
(J54のブレーキはドラム式で、多少片効きがあったのかもしれない。)
80インチの短いホイールベースのせいもあったのか、ジープは、凍結した雪道での制動はあまり得意ではないようだった。
後に乗り換えたパジェロは、雪道での制動の安定性が、ジープと比べて格段に向上していた。

J54で通勤していて、毎朝国道ですれ違うジープやランクルとホーンで挨拶を交わすようになったのも懐かしい思い出だ。
結婚前の2年ほどは、妻を助手席に、丹波、但馬、能勢、京都、紀伊半島の林道走行に出かけた。
結婚後、妻の妊娠を機に、J54からパジェロに乗り換えた。
荷台の幌の隙間から排気ガスが入り込んでくることと振動が大きいことが、妊婦に良くないだろうと思ったからだ。
三菱のディーラーに引き渡す日、いつかまたジープに乗ろうと思いながらたくさんの写真を取ったけれど、どこへいってしまったのかフィルムは残っていない。
88年の春のことだった。
次のパジェロは、10年乗り続けた。
僕の4x4歴は、そこで中断している。
ジープJ54は、ターボ付きのJ53、J55とモデルチェンジを続け、98年に生産終了となった。

J54の写真と一緒に、観戦に行ったオフロードレースの写真や、神戸祭のパレードのためにやって来たキャメルトロフィー2位の日本チームのランドローバーの写真だとか、神戸のオフロードショップ、モトレージで撮った写真だとかが、まとまって出てきた。
あの頃はもうふた昔以上になるのだなあ、と思えば懐かしい。
今は、あの頃に比べると、4x4なんてちっともめずらしくない。
SUVと呼ばれ、乗用車より豪華な内装を持つ屋根付きの4x4がたくさん走っている。

7月頃に、僕は、このブログでJEEP ウイリスMBを所有するのが夢だと書いた。
人生最後に所有する車が、MBならばうれしいなあと今でも思っているけれど、現実的には難しいかもしれない。

大きくて重いハンドルや、トラックのように長いシフトレバー、思ったよりよく効く冬場のヒーター、地獄のように暑い夏の車内、踏みごたえがあるクラッチペダル、電球のメーター照明、取り外すと装着が面倒な幌。
J54の感触を今も忘れてはいない。

ということで、結局、長々と書いてしまった。
今日も僕の思い出話につきあってくださって、多謝。



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