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zoom RSS 便乗ブログ^^;  灘のタカバシ、神戸臨港線

<<   作成日時 : 2013/02/24 06:03   >>

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またまた・・・また、長いインターバルで、ようやくブログ更新です。
今回、しかも、自ら発掘したネタではありません。

先に書いておきます。
ナダタマ〜豊かな灘区ライフを演出するめくるめくグローカルサイト
さんの「灘道中膝栗毛其の214 灘のヒクバシの巻」を読んで、
よし、オレもタカバシ近辺で撮った写真をブログに載せよう、と
いう便乗記事なのであります。

体裁よく言えば、ナダタマさんの記事に触発された、ということになり
ますが、外に出て動くことの少ない僕には新鮮な話題がないし、時事
ネタや芸能ネタも苦手なので、「なかなか話題が見つからんなあ、書
けんなあ」と困っていたのです。
そんな折に、「灘道中膝栗毛」の記事に出てくる「灘のタカバシ」は、
多少自分自身にも関わりがあり、関連する写真も3点ほどの手持ちが
あったので、渡りに船というか便乗のグッドタイミングだったわけです。

しかし、そのタカバシ関連の写真のうち2点は、すでに本ブログの過去
の臨港線に関する記事で使っています。
残る未公開カットは1点だけなのですが、これだけではちょっと弱いな
ーという写真です。
「灘道中膝栗毛」の後追い便乗として、それ1点だけでブログに出す
意義が見当たらないのです。
そこで考えたのが、タカバシの下を通る臨港線跡の変化がわかるよう
に写真を並べてみれば、ちょっとは面白いかも、ということです。

さて、タカバシと臨港線について少し説明を。
タカバシは、神戸市は灘区のJR灘駅の東側のやや南にある小さな
橋です。
橋の下は川ではなく、かつては臨港線という貨物線の線路が敷かれ
ていました(明治40年開通)。
臨港線は、タカバシの少し東側でJR神戸線(東海道本線)から分岐し、
春日野道で国道2号線を高架で跨いで、神戸港の各突堤を結んで
いた、物流の動脈と言える貨物線でした。
戦前にはポートトレインと呼ばれる欧州航路船連絡の旅客列車が、
第四突堤と京都、奈良を結んで走っていたそうです。
そして戦後も神戸港は発展していったのですが、やがて貨物のコンテ
ナ化、トラック輸送の増加に伴い、鉄道貨物輸送は衰退していくことに
なります。
その結果、港の突堤に櫛の歯のように入り込んでいた臨港線の線路は
1980年代以降、徐々に縮小、廃止が進みました。
そして、2003年、神戸臨港線は約100年の歴史の幕を閉じました。
臨港線跡の灘駅の南側から春日野道までは、遊歩道になりました。
灘駅南の東側の跡地にはマンションが建ち、このたび埋められて造成
された部分でも建設が進んでいるようです。

タカバシは、臨港線の開通当時(明治40年)に架けられたそうです。
当初は赤レンガ造りで立派だったらしいです。
現在のタカバシは、味も素っ気も無い鋼の角材とコンクリートで出来
ています。
塗装色も歩道橋と似たような色です。

「灘道中膝栗毛」の中で、
橋桁が埋まってしまったタカバシを見たナダさんが
「これじゃ歩道橋の端切れじゃねえか…(泣)」と泣いていますが、
昨年の秋にタカバシを渡ったとき、僕も同じことを思いました。

歴史ある建造物として、現在の姿は哀しいものがあります。
もう少しタカバシへのリスペクトがあっていいのではないかと思います。
臨港線跡が埋められ、橋桁の見える部分が少なくなったので、
その部分だけでも架橋時と同じ赤煉瓦の橋を復元してほしいなあと
思うのであります。

僕は、小学校2年の秋までタカバシの少し東の町に住んでいました。
家の少し北側がJR線(当時は国鉄でしたが)の線路と貨物駅で、
線路の数は多いし、長い貨物列車は停まっているし、臨港線の分岐
付近は線路がトンネルで立体交差していて複雑で、とにかく
いろいろな電車や機関車、貨物車を見ることができました。
灘駅の東側でJRをまたぐ国体道路の橋(現在ではそこを高橋と呼ぶ
みたいです)の上からだと線路全体が俯瞰できて楽しいのですが、
それよりもタカバシあたり、あるいはタカバシの東側で国体道路の下
をくぐった臨港線がトンネルへ入る手前あたりの線路脇は、その
当時の僕にとってワクワクドキドキする場所でした。
ひとつには、行ってはダメと言われている場所であったこと。
貨物列車を間近で見ることができる反面危険だったからですが、
そういう場所こそ行きたくなるものです。
もうひとつ、線路脇の溝でザリガニ獲りをするのがおもしろかった
からです。
溝にはザリガニとアカハラ(イモリ)がたくさんいたのです。
なぜ、ザリガニが多くいたのかというと、
「アメリカからの貨物にもぐり込んでいたザリガニが、列車から落ちて
線路脇の溝で増えた」と教えられた記憶があります。
しかし、それはホントだったか、眉唾って感じがしますが、真偽のほど
は未だにわかりません。
僕は、線路脇の土手や草むらを見ると、今でもとても懐かしさを感じ
るのです。
それは、タカバシや臨港線の記憶があるからだと思います。

さてさて、タカバシと臨港線の写真について、
3点の写真の撮影年月は2002年、2007年、2012年と5年間隔です。
臨港線跡の変化が、わりとわかりやすいと思います。
2002年の時点では、臨港線はまだ廃止されていませんでした
(廃線は2003年12月)。
定点観測ではないので、撮影地点、レンズの画角、撮影アングルが
それぞれ異なります。
2002年と2012年の写真はタカバシの上からですが、2007年の
写真は、タカバシではなく上の道路から撮っていて、前方にタカバシが
写っています。
通常の表示のままでは個々の写真が小さいので、写真をクリックし、
拡大して見ることができます。

2002年以前や80年代の電化以前、貨物列車が写っている写真も
あればよかったのですが、あいにく僕は撮っていません。

面白いかも、と書いておきながら、この3点の写真を面白がっている
のは僕だけかもしれませんが、いかがだったでしょう。
ではでは、また。

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