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zoom RSS マイクロコンピュータに目覚めた頃

<<   作成日時 : 2011/10/15 03:50   >>

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先々週後半と先週の初め、めずらしく撮影の仕事が続いた。
いつもこの調子で仕事があればいいけれど、
そんなにうまくいかないもので、
現像・レタッチを行って(この作業が面倒!)納品を終えた後の
スケジュール表は、また空白だらけだ・・。

涼しくなって、寒いくらいの夜もある。
散歩道の其処此処に漂っていたキンモクセイの香りも、
薄く微かになってきて、秋が深まったなあと思う。

気がつけば、ブログもそろそろ3週間近く更新していない。
書こうと思うことはあるけれど、なぜだか文章が作れないのだ。
あ、このことは前回も書いたっけ。
まあ、今はそういうことで、
「書けない・撮れないシンドローム」である。

iPhone 4S発表の翌日にスティーブン・ジョブズが亡くなった
と各メディアで報じられた。
既にビル・ゲイツも引退し、今ジョブズが去ったことで、マイクロ
コンピュータがもたらしたコンピュータのパーソナル化から始まり、
爆発的に加速しながら発展してきた情報技術の一時代に区切りが
ついたように思える。
モノや機能のあるべき姿の徹底的な追求とその具現に拘り続けた。
ipod、iphone、ipadが大ヒットしたことを考えれば不思議では
ないのかもしれないが、ジョブズのファンがけっこう多いということを
、今回テレビのニュースを見て知った。


ジョブズやビル・ゲイツが活躍した時代に、エレクトロニクス技術者
の端くれとして生きてきた僕は、幸運だったかもしれない。
マイクロコンピュータが生まれて少し経った8ビットマシンの頃から、
画期的なコンピュータ技術・製品に接し、その思想や進歩やゴタゴ
タもリアルタイムで体験することができたからだ。

たぶん、誰にとってもどうでもいい話だけれど、
僕がマイクロコンピュータに目覚めた頃を回顧して、少しばかり。
以下、これでも、そうとう削ったのである。

'78年頃の大学の計算機センターは、分厚いパンチカードを呑み込
んで無駄に大量の紙を吐き出す巨大なブラックボックスだったし、
マイクロコンピュータといえば、プリント基板むき出しの実験キットし
か見たことがなかった。
スティーブ・ウォズニアックの技術の結晶、APPLE Uは、
オリベッティのタイプライターのようにオシャレな筐体に収まり、
6色の林檎のロゴも文句無くカッコよかった。
僕が、初めてその実物を見た場所は、友人の部屋だった。
APPLE Uの横に置かれたTVモニタには、カラーグラフィックスが
表示されていた。
個人の部屋でコンピュータを使う時代が到来したという興奮と、
アメリカのマイクロコンピュータはずっと先を歩んでいるという驚きで、
ボンクラ理系学生の僕も、この時、やっとスイッチが入ったのだった。

遅ればせながら友人から入門書を譲り受け、マイクロコンピュータの
CPUアーキテクチャを勉強し始めたのである。

その後、僕は計量器メーカーに就職して、技術者として少なからず
マイクロコンピュータを扱う仕事に、長く携わることになった。
ジョブズやゲイツが活躍した時代の情報技術の思想や進歩やゴタ
ゴタもリアルタイムで体験した」というのは、主にこの時代のことだ。
ipod以前 ー コンピュータが中心だった頃 ー のことである。
これ以上書き続けると、収拾がつかなくなるので、やめておく。
けっこう面白かった時代だった。


いろいろワケあって、僕は今、カメラマンをやっている。
コンピュータは、現在も仕事に必須の道具だ。
今では、写真の現像をコンピュータで行う時代になってきた。
写真は、ポジやネガで管理する時代ではなくなってきた。
光と影の明暗を、銀粒子の濃淡でフィルムに定着する方式から、
明暗を電気信号に変換し、さらに数値化して半導体メモリに記録する
方式に移行した。
写真は、今や「データ」である
(だけど、僕は、「撮影データ」という表現に未だに少し抵抗がある)。

コンピュータで手紙を書き、送ったり受け取ったりする。
コンピュータで音楽や映画を買って、聴いたり、観たりする。
コンピュータで写真も撮るし、動画も撮る。
コンピュータで買い物もするし、誰かと会話もする。
それらが、掌に収まるサイズの端末で、全て可能になった。
そして、現在は、それを「コンピュータ」という名称で呼ばない。
初めてマイクロコンピュータを見た頃には、
こんなことを想像できなかったし、
僕は今も「すごいなあ」と思うばかりである。

さて、ジョブズやゲイツの次代の情報技術界の導師は、誰だろう。



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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
これから先、コンピューターは更に細胞化するようにその存在を感じさせないくらいにごく普通の身近な物へと化けて行くんでしょうね。ジョブズ氏の死は不思議と自分もショックでした。カリスマはいつの時代も変人と呼ばれる人のポジションなんですね。ウォズニアックもジョブズと出会ってなかったら初代APPLEもあの時期に完成していなかったかもしれませんしね。
pines*
2011/10/15 17:36
pines*さん
コメントありがとうございます。

僕は、ウォズのような技術者に憧れておりました
(彼は、今もご健勝で居られることと思います)。

僕は、じつは、将来コンピュータがスプーンやフォークの
ような感じのものになり、さらには空気のようなものにな
り、やがては社会の意思決定のかなりの部分を担うように
なり、その後、世界の支配者になってしまったらどうしよう
と、ひそかに心配もしており、夜も眠れません ^o^/

さて、去る12日、CとUNIXの開発者のDr.デニス・リッチーが亡くなったそうです。
僕もC言語のバイブル、カーニハン&リッチーの「プログラ
ミング言語C」で勉強しました。
あまりものにならなかったけど・・。
この本で最初に作るプログラムが "Hello, World!" の表示
でした。
何か新しいことへの一歩目を踏み出すときの、ワクワクする
気持を表しているこの言葉、好きでした。

「コンピュータ」という言葉だけで夢を感じさせてくれた
スティーブン・ジョブズが去り、Dr.デニス・リッチーが
去り、さみしくなったなあ、という気分です。
yasuwan
2011/10/16 03:39

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