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<<   作成日時 : 2011/04/09 20:54   >>

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Macの画面(正確にはNECのモニタの画面)を前にすると、
何故か書こうと考えていたことを全て忘れてしまう。
つい半日ほど前には、「よし、これを書こう」と意気込んでいたはず
なのに。
フリーズ、そしてリセットなのである。

先日の新聞に、「自粛」について論じた記事が載っていた。
「正義」「錦の御旗」という言葉に引かれて読んだ。
ある種の「正義」が「錦の御旗」となり、それ以外を許さない方向に
向かうことが、僕はとても嫌だった。
今回の震災発生後、一部の団体の言動に対して「常識」や「良識」と
いう言葉を振りかざして批判する新聞社の態度にその萌芽を感じて
いたけれど、新聞紙面からその危惧を表に出す人がいたことに少し
ほっとした。

常識や良識、そして正義とは、とてもあやふやなものである。
状況や立場、場所が変われば、常識が非常識になり、正義が悪に
変わってしまうことだってある。
もちろん絶対的な、と云うか少し穏やかに云えば普遍的な正義もある。
普遍的なものとそうでないものの境界をしっかりと見極めて仕切ってい
くことと、あやふやな領域について、力を持つものの意見だけが正義に
なってしまわないようにすることを政治家もマスコミも国民も心がけな
ければならない。
言論の自由を自ら抑制する空気を作りだしてしまわないことが大切だ。
「自粛」という「錦の御旗」の下、言論と行動が画一化していけば、
前進も創造もできなくなる。
「自粛」はある一面では正義だが、そうとばかりは云えない場合もある。
「自粛」をめぐってさまざまな意見が飛び交うのが、きわめてまともな
状況である。
錦の御旗にとらわれて自分と異なる意見を持つ人を批判、排斥する
のではなく、むしろ意見を引き出し、立場や状況も尊重して議論を
行い、実のある結果を導き出すことが大切なのだ。

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瞬く間に過ぎた3月は、寒かった印象が強い。
沈丁花の香りにわずかに感じ取った春の兆しも、東日本大震災の
被害の凄まじさに吹き飛んでいった。
この一ヶ月、僕は、自分の無力さにイライラしながら過ごしてきた。
それはこの大震災に対して、何もできない自分に対する無力感もあった
けれど、もっと以前から感じていた自分の無力さへの思いも重なって
どうしようもなく重くなってきたからだ。
僕自身の状況を、早くなんとかしなければ、と・・・・・。
3月は、ローリング・ストーンズの「悲しみのアンジー」ばかり聴いていた。
そして、あっという間に4月も中旬だ。

今、放送中のNHKスペシャルに出ている原子力安全委員会の元トップ
の人の自己弁護が見苦しかった。
自分が原子力を推進してきたのはまちがいではなかった、と言い切った
後、自分自身は最初に原子力の安全神話を否定したのだと自己弁護に
走ったので、僕はこの人は嫌だなと思った
番組中で発言する様子を見ていると、技術的なことについては、いきいき
と話している。
この人にとっては、技術的興味を満たすことが第一なのだろうか
(これは僕の感じ方である。
  うがったものの見方だと思われても構わない)。

なんだか楽しい話ができず、いやだな〜。
それにしても、昨日の雨にうたれても、満開を保っている桜はエラい!!


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