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zoom RSS 町角の商店

<<   作成日時 : 2010/03/01 03:53   >>

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うちの近所にあるお店が、2月末で閉店した。
米や酒、飲料、たばこ、そしてスナック菓子や駄菓子も売る町の酒屋さんだった。
ご夫婦で営業していたが、年齢的なことも理由で閉店することになったようだ。
メインであった酒類や米穀の販売が、芳しくなかったのだろうか。
こどもたちにとっては、5円や10円の小さな金額でいろいろなお菓子が選べて買える楽しいお店だった。
金額制限がある小学校の遠足に持っていくおやつも、多くの子がその店で調達していた。
店の人と挨拶を交わし、買う物を選び、お金を手渡して商品を受け取り、また挨拶を交わして店を出て行く。
子どもにとって、お金を使って物を買うこと、「世間」を経験できる場所だった。
親にとっても、子どもだけで買い物させることができるお店の存在は、大きかったはずだ。
僕自身は、店の前の自販機で飲み物や煙草を買ったりするくらい(禁煙する前)で上客ではなかったけれど、
我が家の子どもたちは、中学生頃までお世話になっていた。
長い間ありがとうございました、と申し上げたい。


米や酒類を町内の米穀店や酒屋から購入しなくなったのは、いつの頃からだろうか。
高度成長期のスーパーマーケットの台頭によって、生鮮品や日用品の買い方が変化し始め、市場や商店街が活気を失っていった。
さらに流通の自由化が進み、今や米も酒も、生協やスーパーどころかディスカウントストアで購入するようになった(我が家もそうだ)。
企業が展開する安売りの量販店に、町の商店は対抗することが難しく、経営を続けていくには厳しい環境だ。
我々庶民としても、近所の商店をもっと利用すればいいのだろうけれど、昨今の経済事情では価格の低い方低い方へと引きずられていってしまうのである。
こういうことが、結局、社会全般にとって良い循環になっていないことは、もうずいぶん前からわかっているのに。

このスパイラルの中で生き抜くことは、大変だ。
町の小さな商店や零細な自営業者だけではない。
例外も多いが被雇用者も、だ。
この国の経済は、官僚と大きな産業、大企業のために構築されていて、庶民は、デフレによる物価の下落以上に大きく搾取されているのだから。
まあ、こんな話は、楽しくないのでやめておこう。


それにしても、子どもたちが集まる駄菓子屋さんも、ほんとうにずいぶん少なくなった。
お店にとって、子ども相手の小さな商売で成り立っていくのはしんどいだろうなあと思う。
僕が子どもの頃は、駄菓子やアイスクリームだけを売っている店もあったような気がするけれど(それとも、その頃の僕には、店で売っているお菓子以外の商品が目に入らなかったのだろうか)。

最近は、昭和時代が懐かしい世代をターゲットにしているのか、昭和30年代頃の駄菓子屋を模した造りの店を見かける。
そういう大人相手の商売を否定するつもりは全くないけれど、僕自身は、そこで昔懐かしい駄菓子やおもちゃを販売していても興味を惹かれない。
子どもたちが遊ぶ町角に在って、子どもたちをわくわくさせてくれるから、駄菓子屋さんは楽しいのだ。
今でも、街角のたこ焼き屋の中に、お菓子の陳列棚があって薄っぺらいカツなんかが売られていたりすると、相当わくわくするし、売られているのがうまい棒のようにちょっと新しめの駄菓子であってもうれしいのである。
10円玉を握りしめ、「ちょうだいかー」と言いながら店に飛び込んでいった、微かな記憶の匂いを思い出すのだ。

下の写真は、駄菓子屋さんとは関係のない写真。
脈絡ないけどご容赦を。


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内 容 ニックネーム/日時
下町談義、楽しいねっ。
からさき
2010/03/03 15:17

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