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zoom RSS R50 イエスタデイ・ワンスモア

<<   作成日時 : 2009/06/22 20:49   >>

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Kくんが選んだR50の中で、僕にとっても思い出に残る曲について。


 「イエスタデイ・ワンスモア」 カーペンターズ 1973年

 ティーンエイジャーの頃(たぶん)に好きだった歌の思い出に、今の自分の
 心を重ねて歌った、カーペンターズの名曲。
 当時の僕は、カーペンターズのサウンドは軟弱などとエラそうにウソぶき、
 見向きもしないふりをしていた。
 だけど、ホントは、ハードロックよりもカーペンターズのように
 メロディアスな曲の方が好きだった。
 「遥かなる影」「雨の日と月曜日は」「スーパースター」 
 「トップ・オブ・ザ・ワールド」「シング」「オンリー・イエスタデイ」
 そして、カバー曲の「ジャンバラヤ」「プリーズ・ミスター・ポストマン」
 ラジオからは、よくカーペンターズの曲が流れていた。

 「イエスタデイ・ワンスモア」を聴くと思い出すのは、高校時代の
 埃っぽい教室の匂いとざわめきと、窓際の席らしきところから眺めた教室
 の風景だ。
 歌詞にクロスするセンチメンタルな思い出ではなくて、そんなことを思い
 出すのは、英語の授業で歌詞が取り上げられたような記憶があるからかも
 しれない。
 高校での生活には、いいことだけじゃなく嫌なこともいろいろあったけれど
 温かい懐かしさを伴って思い出す。
 蛇足だけれど、英語の授業では、エルヴィス・プレスリーの
 「CAN'T HELP FALLING LOVE」も取り上げられた。
 こちらは、can't help -ingという構文の例だったことを覚えている。
 

 「オリビアを聴きながら」 杏里 1978年

 1978年、僕たちは、すでに大学生になっていた。
 その頃よく聴いていた女性アーティストは、中島みゆき、竹内まりや、
 荒井由実で、杏里は、少し少女っぽくて可愛い感じがした。
 ファーストアルバム「杏里 apricot jam」をダビングしたカセットテープ
 が今も手元に残っている。
 「オリビアを聴きながら」の歌詞には、女の子のしたたかさやあざとさが
 見えて、当時の僕は、ずるいオンナの歌ではないかと思っていた。 
 ”時を重ねただけ””やさしい人だったみたい””二度とかけてこないで”
 そんな言葉こそカモフラージュで愛情の裏返しという解釈を、その頃は
 できなかった。
 どちらの解釈がいいのか、僕にはわからない。
 同じアルバムの「ソー・ロング」には、少女の無邪気さ=残酷さが表れて
 いて、当時の杏里の年齢と、釣り合いが取れていた曲だと思う。

 78〜81年頃は、夜中ドライブしながら音楽を聴いたものだった。
 愛車は、中古の日産サニー1400GL(当然エアコンレス)。
 ダッシュボードの下に吊り下げた、中古のカセットカーステレオは、
 オートリバース式と聞こえは良かったけれど、しばしば車の振動でも
 テープの演奏面がチェンジしてしまうものだった。
 カセットの音楽をお伴に、いろいろなところへ出かけた。
 ビージーズ、ドナ・サマー、ドゥービー・ブラザーズ、イーグルス、
 ビートルズ、ニューミュージック系と、傾向はごった煮だった。
 オリビア・ニュートン-ジョンも混じっていたし、もちろん杏里も。

 たいていは、男数人が騒がしく乗り込んでのドライブだったけれど、
 時には助手席に女の子ひとりということもあった。
 あの頃の僕は、何の根拠もないのに、何か見つかるかもしれないという
 期待だけで、夜の向こう、道の果ての向こう、どこか知らない所へ
 行きたいといつも思っていた。
 結果は、いつも無惨だったけれど。
 車と夜と道路と、カセットに詰め込んだ音楽が、僕を旅へいざなう。

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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
>助手席に女の子ひとり、ねえ。
そこに座った人で幸せになった人っているの?
桔梗
2009/06/22 22:50

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